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ツーリング

アジアーゴ高原で過ごすエンデューロライディングの一日

公開日:2026年2月7日
執筆者:ダイネーゼAGVジャパン編集部
プロフィール写真

Carlo Pettinato

著者

Carlo Pettinato、30歳。2017年からDaineseでマーケティング業務に携わっています。エンジンの有無を問わず、できればブロックタイヤ付きの“車輪のあるスポーツ”に人生を捧げています。
物心ついた頃から、エンデューロ、マウンテンバイク、ラリーに情熱を注いできました。長年サーキットを走ってきましたが、オフロードの相棒として古いHonda Africa Twinを手に入れました。そこから、探検に満ちた、より広く色彩豊かな新しい世界が目の前に広がったのです。
身近で荒々しい土地サルデーニャから走り始め、今では砂漠の砂丘を夢見ています。

「Carlo、Africaを家に持って帰ったよ!」

そう言ったのは友人のMirko。クルマ、バイク、マウンテンバイクと、何でも一緒に走る仲間です。彼は何年も前から、私の1993年式Africa Twin 750を羨ましそうに見ていましたが、ついに自分の1台を手に入れました。
1991年式のRD04で、私のモデルより一世代前ですが、両者の違いはほとんどありません。さて、問題はこれをどうやって盛大に“洗礼”するか、ということです。

「6月2日の連休にサルデーニャに行くんだけど、ラリー選手権を観て、島の北東部をオフロードで走らない? 行ける?」

残念ながら彼は行けません。別の案を考える必要がありました。でも心配は無用です。家から1時間ほどの距離にも、選択肢はたくさんあります。定番のひとつが、アジアーゴ高原でのモーターサイクルツーリングです。

近場でありながら、歴史的に重要な場所が点在し、雨天でも走行可能な公道のオフロードルートが数多くあります。このエリアの素晴らしい点は、クルマでも通れる未舗装路が豊富で、地元の人々が日常的に使っていることです。特別にゴツゴツしたタイヤは必要なく、ゆったりしたペースならロード寄りのバイクでも、ほぼどこへでも行けます。オフロード初心者が体験するにも最適ですし、もちろん適したバイクとタイヤがあれば、安全に、そしてより一層楽しめます。

こうして私たちは、2台のヴィンテージ並列2気筒バイクにまたがり、エンデューロツーリングの一日を過ごすため、A31号線を北へと走り出しました。

平野を望むAfrica Twin

平野を望むAfrica Twin

夏のエンデューロツーリング、何を着る?

度重なる延期の末、気がつけば7月半ば。平野部は暑いものの、山の気候は涼しく、変わりやすいのが特徴です。この日は通気性に優れたサマーツーリングジャケット、Dainese Desertを選び、防風インナーとレインジャケットも持参しました。自宅周辺は好天でも、山では何が起きるかわかりません。

パンツはオフロード用、ブーツはGore-Tex®メンブレンを備え、グリップ力の高いソールを持つDainese Seeker。保護性能と快適性の理想的なバランスです。ヘルメットはAGV AX9 Carbonのアドベンチャーヘルメットで、晴れている間はバイザーの下にサングラスを欠かしません。同行の友人は、オールシーズン対応のDainese D-Explorer。年式は古いものの、今でも非常に有効で、この日はベンチレーションを全開にしていました。

日帰りツーリングなので、バイク側の準備は最小限です。ルートのスタート地点にたどり着くためのスマートフォンホルダーがあれば十分。ただし、最大限楽しむために、2台のAfrica Twinには迫力あるブロックタイヤを装着しました。
耐久性は高くありませんし、必須というわけでもありませんが、オフロードではやはり最適です。

ジーロ・デッレ・マルゲの案内標識

ジーロ・デッレ・マルゲの案内標識

アジアーゴ高原へ向かって

時速110kmほどで巡航します。古い相棒たちをあまり酷使したくないのです。1時間もかからず、カルトラーノ市のコスト峠の麓に到着しました。しかし今回はワインディングが目的ではないため、別ルートで高原を目指します。

カルヴェーネを経由し、集落モルティーザへ向かい、ラリーファンに愛される伝説的な「PSカヴァレット」を走ります。バッサーノ市ラリーの定番ステージで、交通量が少なく、やや狭く、路面状態も万全とは言えませんが、穴や砂利はこのバイクにとって問題ではありません。特にモンテ・カヴァレット頂上付近の景色は美しく、森と牧草地を抜けながら、植生が丘陵から山岳へ、松や針葉樹へと変化していくのがよくわかります。

有名な「サルト・デイ・グラナティエーリ」で左折し、「ジーロ・デッレ・マルゲ(山小屋周遊ルート)」へ入ります。舗装路とグラベルが混在する美しい道で、森を抜け、平野を見下ろすような絶景が広がります。ここでは自宅付近ほど天候が良くなく、低い雲と立ち上る霧が山肌を覆っています。家から100kmも離れていないとは思えないほど、冒険心をくすぐられます。

セローナ、フォラオーロ、スーニオ、パウ、カリオーラといった山小屋を通過します。何度も来ている場所ですが、道を完全に把握しているわけではありません。分岐点で右はアスファルト、左はダート。どちらを選ぶかは言うまでもありません。少し考えた末、チェズーナ、クベレック山小屋付近に出るはずだと判断しました。数マイル続く滑らかな砂利道は、まるでスカンジナビアの森のようです。この高原は比較的平坦で、予想どおりの場所にたどり着きました。

チェズーナの中心部を抜け、ピクニックエリアへ向かうメインロードを進みます。再び森に入り、かつてピオヴェーネ・ロッケッテからアジアーゴへ列車が走っていた旧鉄道トンネルをくぐります。

20世紀初頭に建設され、1950年代に廃止された「ヴァカ・モーラ(黒い牛)」線の歴史は興味深いものです。当初は地元産業の輸送のために作られましたが、第一次世界大戦中には高原への補給路として広く使われ、その後は旅客輸送にも利用されました。こうした“考古学的遺構”が好きな人には、ぜひ調べてみてほしい場所です。

山では天気が一変する…

話をAfricaとアジアーゴ高原のダート走行に戻しましょう。道に迷い、細い林道が入り組んだ迷路に入り込みます。次の目印は、手入れの行き届いたボスコン英国人墓地。さらに進み、森の中にぽつんと建つ「バール・アルピーノ」でモンテ・コルノ方面の案内に従います。

その間にも天候は悪化。気温は約20℃で快適ですが、空は一面の曇りで、あまり良い兆しではありません。

とはいえ、今のところ濡れずに済んでおり、走りは最高です。幅が広く走りやすい白い砂利道は、モータラリー風にテンポよく走っても、ゆっくりと森の空気や香りを楽しんでも魅力的です。私たちはその両方を楽しみ、遊び心と充実感のバランスを取りながら走りました。

雹(ひょう)から避難する様子

雹(ひょう)から避難する様子

グラネッツァ山小屋とモンテ・コルノ戦没者記念碑の間を短く舗装路でつなぎ、再びダートへ。トゥルチオ方面に向かいます。天候はさらに悪化し、雲の中に入り、近くで雷鳴も聞こえ始めました。レインウェアはすぐ使える状態でしたが、本降りになるまで待つことにします。

しかし、待つまでもありませんでした。5分もしないうちに、まばらな雨粒が本格的な豪雨に変わります。急いで停車し、装備を整え、すぐに再出発できる状態に。ところが今度は雹が降り始めました。

顔を見合わせ、森を抜けたところで最初に見つけたレストランに避難します。結果的にはとても幸運でした。雨に降られたのは10分足らず、雹は数分だけ。バイクは屋根の下、私たちは快適なテーブル席です。時刻は12時40分。正直、お腹も空いていました。

雨が止まないため、昼食休憩は予想以上に長くなりましたが、雰囲気は良く、会話を楽しみながら今後のルートを決めます。やがて雲が流れ、太陽が顔を出したところで出発。

ガッリオを経て、さらに上りカンポムーロ山小屋へ向かいます。その先で再びダートに入り、豊かな松林に包まれます。大雨の後にもかかわらず、路面状態は抜群。岩が多い地形のおかげで排水性が高く、泥はまったくありません。むしろ水が埃を洗い流し、残った水たまりは子どものように遊ぶのに最適でした。

山と平野を望む、息をのむダートロード

モンテ・フィオールからの眺めは圧巻です。雨が霧を洗い流し、澄み切った空の下で素晴らしい景色が広がります。遠くにはエウガネイ丘陵、東を見ればヴェネツィアの潟とアドリア海がはっきりと見えます。眼下にはヴァルスガーナ渓谷とモンテ・グラッパ山塊が広がり、今にも飛び込めそうなほどです。

緑が濃い牧草地を、誰にも会わずにゆったりと走ります。唯一出会ったのは羊飼いで、軽く会釈し、半分だけ微笑んでくれました。

ダートの終点で、ヴェネト州とトレンティーノ州にまたがる広大なマルチェジーナ平原付近に出ます。主にエネーゴ地区に属するこの場所も、もう一つの小さな楽園です。2018年の嵐ヴァイア以前は、なおさらでした。

昼食が長引いたため、本来ならカンポムーロ方面へ戻り、マンドリエッレ山小屋へ向かう分岐を完全に見落としてしまいます。その代わり、エネーゴ2000スキー場を越え、フォルテ・リッセルへの登り口へ続く舗装路を選びました。さらに砂利道へ入り、最初はブナ林の中を進みます。木漏れ日が差し込み、独特で美しい光景を楽しませてくれます。やがて視界が開け、草原に囲まれます。

路面は完璧に整備されており、コーナーを斜めに抜けるために一瞬スロットルを開けることに、少し罪悪感を覚えるほどです。そこで自制心を働かせます…。

パンクに気づく直前に撮った記念写真

パンクに気づく直前に撮った記念写真

言うまでもなく、モンテ・リッセル山頂からの360度の眺望は息をのむほどです。さらに、先ほどまでとは違い、今度はドロミテを望むことができます。正面にはパレ・ディ・サン・マルティーノ山群、その横には暗い色合いのラゴライ山群がそびえ立ち、手を伸ばせば触れられそうです。

バイクで要塞の周囲を一周した後、エンジンを止め、風のうなりだけが響く静寂の中で、この場所の歴史的意義を噛みしめます。フォルテ・リッセルは、1911年から1914年にかけて、イタリアとオーストリア=ハンガリー帝国の国境防衛のために建設された要塞です。1990年代以降はエネーゴ自治体が所有し、修復が行われました。現在は良好な状態で、見学可能です。

景色の写真を撮り、そしてこの日のクライマックスが訪れます。

避けられない、最後の予想外のトラブル――しかも2つ

「Carlo、リアタイヤの空気圧はいくつ?」
「確認してないけど、たぶん2BARくらいかな」
「ちょっと空気抜けてるように見えるけど…」

「ちょっと」どころではありません。完全にパンクしています。罵声がひとしきり飛び交いましたが、すぐに解決策を考え始めました(そのせいで要塞の写真を一枚も撮り忘れたのは残念です…)。

その間に、原因となった見事に錆びた釘を見つけて引き抜きました。せめて戦時中の遺物であってほしいと願いながら。

さて、パンク修理をどうするか。幸運なことに金曜日だったので、タイヤショップは営業しています。来た道をゆっくり下りながら、状況を整理します。バッサーノはそれほど遠くありませんし、きっと店はあるはずです。
ただ、すでに16時を過ぎ、ツーリングも終盤なので、高原で見つかるか試してみることにし、アジアーゴ方面へ向かいました。

その道中、23kmの舗装路を走りながら、私は心の中でMitas社に感謝し続けていました。このE09は、ほとんどランフラットタイヤのようなものです。直線では80km/h、もしかするとそれ以上でも問題なく走れます。注意が必要なのはコーナーだけで、バンクさせるのが難しいのです。

このまま家まで帰ることも一瞬考えましたが、100kmも走れば完全に使い物にならなくなるでしょう。アジアーゴで営業中のタイヤショップを見つけ、時間短縮のため自分でホイールを外し、チューブを交換。これで帰路につけます。

……と思った矢先、出発して間もなくクラッチケーブルが切れました。ここは前向きに捉えることにします。料金所を出た後、どうやって再加速するかを考えながら、コスト峠を下る時間はたっぷりありましたから。

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ダイネーゼAGVジャパン編集部

ダイネーゼAGVジャパン編集部は、イタリア発のモーターサイクルウェアブランド「Dainese(ダイネーゼ)」およびヘルメットブランド「AGV(エージーブイ)」の日本正規輸入元として、製品情報・アスリートのインタビュー・ブランドの今を発信する編集チーム。 ビギナーからエキスパートまで、ライダーの安全性を最優先にした情報提供を行っています。

2026年2月7日公開
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