Dainese
Dainese
📷
Loading image...
ストーリーズ

ジャコモ・アゴスティーニ――デビューを巡る勘違いと、伝説の黄色いシャツの真実

公開日:2026年2月7日
執筆者:ダイネーゼAGVジャパン編集部

1942年にイタリア・ベルガモで生まれたジャコモ・アゴスティーニは、モーターサイクル史上、最も成功したプロライダーです。
しかし、その史上最も輝かしいキャリアが、実は一つの勘違い、そして18歳のジャコモが父親からレース参戦の許可を得るための小さな“トリック”から始まったことを知る人は多くありません。
15回の世界タイトルと123勝。そのすべては、その勘違いがなければ、別の誰かのものになっていたかもしれないのです。

> 「私はライダー一家に生まれたわけではありませんが、二輪の乗り物すべてに対して、生まれつきの情熱を持っていました。
> 18歳でレースを始めるには、両親の許可が必要でした。父は承認書にサインしたがらなかったのですが、ある日、父の友人である公証人のところへ行きました。その人が、『少し運動をするのは体にいいことだ』と言って父を説得してくれたのです。
> 実はその公証人、私が自転車でレースをすると思い込んでいて、オートバイだとは考えていなかったんです。
>
> その最初の関門を越えたあと、レースをするにはオートバイを手に入れる必要がありました。父は危険なスポーツだと反対していて、買ってくれませんでした。
> そこでベルガモのMoto Moriniディーラーに行くと、月賦で支払えるSettebelloを勧めてくれたのです。
>
> こうして1961年、私のキャリアは始まりました。最初のレース、トレント〜ボンドーネのヒルクライムでは、いきなり2位でした。
> 当時の私のヒーローはカルロ・ウッビアーリとタルクィニオ・プロヴィーニで、いつか彼らのようになりたいと夢見ていました。
> 両親の助けは一切なく、すべてを自分一人でやらなければなりませんでしたが、結果的には運よく、すべてがうまくいったと言えるでしょう。」

ジャコモ・アゴスティーニの成功

ジャコモは誰もが認める成功を収めましたが、現代のライダーと同じように、彼にも大小さまざまなジンクスがありました。
その一つが、あの黄色いシャツです。少なくともある時期、このシャツがイタリア人ライダーの勝利を積み重ねる助けになったと、本人は感じていました。
暗い色が主流だった時代に、ひときわ目立つ、鮮やかな黄色の一枚でした。

伝説の黄色いシャツ

> 「当時は皆、黒いレーシングスーツを着ていました。ある日、私はスーツの下に、ハイネックの黄色いシャツを着てみることにしたのです。
> 黒の中で黄色が映えて、格好いいと思いました。
> それからよく勝てるようになり、このシャツが幸運をもたらしてくれているのだと思い、すべてのレースで着るようになりました。
>
> ところが、イタリア国外でのあるGPのとき、そのシャツを家に置き忘れてきたことに気づきました。
> ラッキーチャームがないことで、レース前は不安でしたが、結局そのレースには勝ったのです。
> それで、必ずしも不可欠なものではないと分かりましたが、黄色が自分に似合っていたので、その後も着続けました。
>
> キャリアを終えたあと、かなり傷んで穴も空いていたので捨ててしまいました。
> でも父が亡くなった後、父の引き出しの中から、洗ってアイロンがけされたそのシャツを見つけたのです。
> 今では大切な思い出の品の一つとして手元にあり、とても嬉しく思っています。」

チャンピオンの人間性

二つの逸話は、近寄りがたい存在だと思われていたチャンピオンに、人間的な個性を与えてくれます。
40年以上が経った今も破られていない数々の記録を持つ男。その裏には、1974年のイモラで、ゴールまで残り数メートルの地点で涙を流した出来事のように、多くの人が知らなかった一面がありました。
それは、トロフィーや勝利、輝かしい実績を超えた、ジャコモ・アゴスティーニという人物そのものを物語っています。

ダイネーゼAGVジャパン編集部のアバター

ダイネーゼAGVジャパン編集部

ダイネーゼAGVジャパン編集部は、イタリア発のモーターサイクルウェアブランド「Dainese(ダイネーゼ)」およびヘルメットブランド「AGV(エージーブイ)」の日本正規輸入元として、製品情報・アスリートのインタビュー・ブランドの今を発信する編集チーム。 ビギナーからエキスパートまで、ライダーの安全性を最優先にした情報提供を行っています。

2026年2月7日公開
ブログ記事

最新記事

読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...