カップは、1851年の第1回大会で優勝した艇の名前に由来する
1900年代のほぼ全期間にわたり、この大会は英国と米国という二大勢力が支配してきた
艇はますます高速化し、2013年にフォイルが導入されたことで、水面を飛ぶように走るようになった
性能の高度化はクルーに新たなリスクをもたらし、防護の必要性を生み出している
第37回大会に出場するLuna Rossa Prada PirelliとEmirates Team New Zealandの両クルーは、Daineseによって保護される
1851年、アメリカのスクーナー艇「America」は、ロイヤル・ヨット・スコードロン所属の英国艇14隻を破り、事実上アメリカズカップの第0回大会とも言える勝利を収めました。当時の艇の姿を伝えるのは、歴史資料やいくつかの風刺画のみで、ワイト島を一周する競技に臨んだ紳士たちがどのような装いだったのかを想像するのは困難です。
当時はもちろん、後にセーリング界で最も重要なイベントであり、世界最古のスポーツイベントとなるこの大会において、巡航速度は今日の50ノット(約100km/h)とは比べものにならないほど低いものでした。



前世紀のほぼ全期間にわたり、アメリカズカップは英国と米国という二大勢力による“身内同士”の争いでした。それが変わったのは1983年、カップ保持者への挑戦者を決めるためにルイ・ヴィトン・カップが創設されてからです。
1980年代初頭には、イタリアでもアメリカズカップが話題となり、初のトリコローレ艇が海で競い、勝利を収め始めました。その先駆けとなったのが、ヨットクラブ・コスタ・スメラルダがエントリーし、スキッパーのチーノ・リッチが率いた「Azzurra」です。その後も、より高度でテクノロジーに富んだ艇が次々と登場しました。
高まるパフォーマンス
12メートル級のAzzurraと、その後に登場し勝利に迫った後継艇との間には、技術的に大きな隔たりがあります。例えば、ポール・ケイヤードがスキッパーを務め、1992年のアメリカズカップでAmerica3と激闘を繰り広げた「Il Moro di Venezia」や、新世紀の幕開けにチーム・ニュージーランドへ挑戦した、
フランチェスコ・デ・アンジェリス率いる「Luna Rossa」などが挙げられます。




1980年代から現在に至るまで、建造技術、使用素材、船体設計の進化は極めて劇的なものでした。その結果、艇はますます高速かつ高性能となり、ついにはフォイルの登場によって水面を「飛ぶ」ことが可能になりました。
これにより、クルーには本物のアスリートのような、極めて高い身体能力と技術力が求められるようになっています。
こうしたアスリートたちの個人用プロテクションにおいて、Daineseは理想的なパートナーです。この新たなニーズから誕生したのが、艇上でクルーを保護するDainese Sea-Guardベストです。
今日の安全性への要求を理解するには、落水がまるでサーキットのアスファルト上を滑るかのような危険を伴うこと、そして数年前の艇と比べて性能がいかに向上しているかを考えれば十分でしょう。






第37回大会
1997年に設立されたLuna Rossa Prada Pirelliのシンジケートと、Emirates Team New Zealandは、現在再びセーリング界で最も権威あるトロフィーを追い求めています。
イタリアのクルーは、2021年大会の覇者であり、過去にもイタリア勢を打ち破ってきたEmirates Team New Zealandという強敵に挑む、困難なチャレンジに臨んでいます。アプローチには違いがあるものの、両クルーは安全性に対して同じように高い関心を持ち、艇上装備の一部としてDainese Sea-Guardベストを使用しています。
